***

センセイの鞄

センセイの鞄 (文春文庫)

センセイの鞄 (文春文庫)

いつの間にやら、センセイの傍によると、わたしはセンセイの体から放射されるあたたかみを感じるようになっていた。糊のきいたシャツ越しに、センセイの気配がやってくる。慕わしい気配。センセイの気配はセンセイのかたちをしている。凛とした、しかし柔らかなセンセイのかたち。
わたしはその気配をしっかりと捕らえることがいまだにできない。摑もうとすると、逃げる。逃げたかと思うと、また寄りそってくる。
たとえばセンセイと肌を重ねることがあったならば、センセイの気配はわたしにとって確固としたものになるのだろうか。けれど気配などというもともと曖昧模糊としたものは、どんなにしてもするりと逃げ去ってしまうものなのかもしれない。